会話
国土交通省で議事録が作成されていなかった話と、国政に関わる政治家が関わる会議の議事録は別物じゃありませんか。なんだか、国交省でも問題があったと言って、免罪符にしようとしているのではないか。前者は、行政体だから実施機関、政府は決定機関。どこか違和感を感じるニュース。今日も、外出しなかった。オフィスへ行けば、自宅に居るより多少は仕事に集中する。オフィスよりもホテルの方が能率があがる。自宅には、余分な物が色々と置いてあるからだろう。つい、本を手に取ってしまったり、テレビを付けたりしてしまう。しかし、家に引きこもって、誰とも会話しないというのは、問題だろう。
毎日の生活に会話が少なくなっているのはメールのせいかも知れない。用件だけならメールで事足りる。特別に親しい関係でもなければ、メールの中で近況を書いたり、尋ねたりすることがない。ふと口を滑らせて、余分な脇道に逸れることもない。脇道に逸れないのが、いわゆる仕事の効率とやらには良いのかも知れないが、人生をつまらなくしているようにも思える。感嘆符だけのやり取りにも馴染めない。目の前に人間が居て、不思議な展開や出会いがあるから会話は、面白い。
そもそも、誰かと久しぶりに連絡を取ろうとすることがなくなって来た。メールなら、簡単に連絡がつく。連絡がつくから、それ以上は深入りしない。深入りしないから、いつのまにか、誰もが住所、氏名と略歴だけの簡単なラベルで区別されるようになる。ラベル化された人物像は、いつのまにか動きを止めて、過去の映像に形を変える。そうやって、映像化してしまった人物像の何と数の多いことか。まぁ、映像化してしまえば、邪魔をされることもなければ、こちらが傷つくこともないから気楽である。そして、今日も引きこもり。

































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