ガーン、車の修理が進んでいるかと思っていたのに、まだ見積りすらしていないという話し。車の足回りなので、何か時間がかかるとのこと。エッ。ちょっと待ってよ、まだ修理可能かどうかも分からないのか。それは困る。今月は出かける予定もあるから、代車では行きたくない。予定を教えて欲しいと聞いてもなかなか口を割らなかったが、最後に1ヶ月以上はかかりますとポロッと出た。しかし、それはオオゴトだよ。どうなるんだ。保険で賄われているとは言っても、自分の車が1ヶ月以上戻らないのは大変だ。それまで扱い難い代車はきつい。ショックである。
ガス会社が点検に来た。昨日電話して明日でも良いかと聞いたら即答でOKだったのだ。時間も3時から5時と電話では言っていたが、予想通り3時に登場。暇なんだね。サランラップのお土産を持って来てくれたのだが、ウチには同じ物が3個目だ。何年おきかと聞いたら4年ごとと言っていた。てえことは、ここに引っ越して12年か。いやまだ11年目なんですけどね。
車の問題は、さらに悩ましくなった。俺は単に車を引き取りに行く時に妹に頼まないと行けないと思っていたから、都合をつけたかったのだが、妹は既に田舎に行っていた。1ヶ月先の話しなんか、年寄りに分かるわけがない。しかし、代車は嫌だ。
明日は急に暑くなるという気象予報なので、厚いジャンパーを薄いのに替えて、毛糸のチョッキも脱いだ。もし、寒かったら困ったことになる。困ったことだらけだ。
動きたくない。外は天気が良さそうだ。しかし、外出する意欲が沸かない。車を運転したくない。知らない車が怖いのだ。桜は終るだろうな。アマゾンに注文しておいた3Dディスプレイと海ぶどうが届いた。3Dディスプレイは相当昔に製造中止になってしまったので、今では中古品しか出回っていないが、そのうち世の中から消える。だから残っているうちに買っておくことにしたのだ。その時、ふと気になって海ぶどうを検索したら何と販売していた。ベトナムの和食屋で初めて海ぶどうを食べて美味しかった。しかし、日本では見たことがない。だから日本にはないものとばかり信じていた。しかし、何とアマゾンでは売っていたのだ。早速注文したら届いた。ベトナムで食べたものは、もっと粒が大きくて青々していたが、沖縄産は粒が小さいようだ。でも、日本で入手できることが分かった。後で食べてみよう。
保険会社から朝の9時に電話。私には真夜中で、頭も身体も働かない。要するに自己負担5万円と今後3年間は毎年2万円保険料があがるのを考えて保険を使うか自分で払うか決めろと言っていたようだ。俺にとっては5万円の現金が要るということだろうと理解して、後は難しことは考えたくない。未だ恐怖が抜けないのだ。あの事故を考えるだに、よくぞ帰って来れたと怖くて仕方がない。なるべく考えないようにしているが、途中で気付いたら、本当にパニックになっていただろう。怖い。
夕方、買物に行くために初めて代車に乗った。行って帰って来るまでは何とかシフトレバーが動かせていたのだが、自宅の駐車場へバックで入れようとしたら、シフトの仕方が分からなくなった。もう大混乱。車が来なかったから良かったが、冷や汗もの。マニュアルを読んで多少分かった気になったが、もう乗りたくない。すべてがスイッチ式になっていて、分からないのだ。一応、考えて2日分仕入れて来たから大正解。しかし、なんでこんな分かりにくい車を作るんだろうなあ。
町内会から回覧と議決の要請が回って来たが、班長さんのポストに投函と書いてあっても、どの家か分からない。住所の案内をたまたま貰っておいたから大体の位置は分かったが、そもそも近所に誰が住んでいるかは知らないのだ。
タイヤが無かった。恐ろし。よくぞ、タイヤ無しのホイールだけの車を運転して昨晩は家に帰り着けたものだ。途中で気付いていたら、怖くて凍りついただろう。気付かなかったのが良かったのだ。朝、起きた時には、右後ろを橋のコンクリートにぶつけて壊したと信じていた。起きて目で見たけど、たいしてへこんでいないから、多少機械が壊れた程度だと思っていた。保険屋さんの連絡先が分からなくてメールしたら、すぐに電話がかかってきた。それから破竹の勢いで物事が動き始めた。まずトヨタに電話したが6月までは受け入れ不能と言われて焦る。しかし、近所の店を紹介してもらって、そちらに頼む。次にレッカー移動が必要だが、これも保険でカバーされていた。そしてレッカー屋さんが来て、後ろじゃなくて前ですよと指摘されて、初めて車の前輪が無くなっていることに気付いた。びっくりなんてものではない。前輪が無いのだ。普通のレッカー車では移動不能。それからトラックを呼んでくれた。妹も到着して、びっくりしていた。俺だって知らなかったからホイールで道路を削りながらでも帰って来れたのだ。車をトヨタ店に運ぶ。ウチの近所にあるのは昔から知っていたが、最初に買った店が新大久保だったから付き合ってきたのだ。でも、ここなら近い。見積を出してから検討することになった。もしかしたら廃車かも知れない。その帰り、代車屋さんから電話があり、急いで帰る。持って来たのはニッサンの最新車。操作がさっぱり分からない。ちょっと怖い。すべてが電子化されているようだ。乗るのが怖くて、妹にコンビニまで連れて行ってもらった。なんか、ものすごく疲れた。
車を壊した。これでは明日から生きていけない。しかし、壊れた車で何とか家までたどりつけた。途中で、真っ暗闇の中で、ここで止まってしまったらどうしようと何度もパニックになりかけた。ガタガタと音がして、コンソールはすべて警告ランプだらけで、スリップするし、もう駄目かと思った。悲しいというよりも、これじゃ修理屋に持って行くことも出来ない。どうすりゃいいんだ、この私。
午後、介護ホームに入った友人を訪ねた。幸い入口に駐車場があった。インターフォンで中に入ったら、部屋に案内された。既に先に別の友人が来ていた。しかし、小さいベッドしかない部屋に閉じ込められていては気が滅入ってくるだろう。もうちょっと訪ねてあげたい。幸いアルツの症状にはなっていなかった。でも、こんな所に長居をしたら、そのうちおかしくなるだろう。俺の末路も同じかと思うと気が滅入る。別の友人が帰るので、どこかまで送りましょうかと言ったら、結局自宅まで送ることになってしまった。彼の自宅で、銚子丸という寿司屋はどうかと聞かれたので、そのまま食事に出かける。何でも評判の店らしい。でも、俺は帰っても晩飯がないのだから、食事が出来るだけでも幸いだ。その店で別れた。途中で2箇所、事故で大渋滞に巻き込まれた。そして最後は三郷中央で降ろされたのだが、その先のカーブでハンドルを早く切り過ぎて、橋梁のコンクリートに車の右後部を思い切りぶつけてしまったわけだ。ガツンと跳ね返されてから、車が悲鳴を上げるようになった。ガタガタゴリゴリすごい音で、タイヤがスリップするし、パネルは真っ赤だし、家に帰り着けるかと不安だった。
いと重から和菓子が届いた。これで手土産の用意は出来た。次の最大の問題は駐車場と、駐車場から目的地まで歩けるかどうかだ。歩いていない身には相当な難問だ。上板橋の友人から桜に写真が送られて来た。東京へ初めて出てきて住んだのが、上板橋の学生寮だった。その頃の友人で生き残っているのは彼くらいしか居ない。お互いにくたばる前に一度くらい会いに行きたいものだ。少し下着が汗臭くなってきた。最近、風呂に入っていないなあと気付いた。昔は一日一回は必ず風呂に入っていた。それが、いつ頃だろうか。比較的最近だと思うが面倒くさくなってきたのだ。一人暮らしで誰に会うこともないし、汗臭くてもあんまり気にならなくなってしまった。老人になったものだと思う
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