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アマゾンからドカッと荷物が届いた。その中に、ちょっと試しに注文してみた「いぶりがっこ」がある。秋田のいぶりたくあんなのだが、これが意外にも旨い。たくあんも旨いが、いぶすとさらに旨くなるようだ。しかし、これは大人の味だな。子供の頃に、こんなものばかり食べさせられていたら、肉食いたいと思ったことだろう。
株価はボロボロ。あっというまに家が2軒ほど吹っ飛んだ。しかし、これに対処する武器を知っている。それは時間だ。歳をとると残された時間は短くなってくるのが問題だが、株式投資で確実に勝てる武器は時間である。若い頃は、時間は防御の盾だとばかり思っていたが、実は本当は強力な鉾なのだ。しかし、ちょっと最近の値動きはきついなあ。
何も無し。自分には本当に友達が居ない。若い頃の思い出を語り合える友達が誰も居なくなってしまった。友人が居ないのは寂しい。あの時はああだったこうだったと話せる友達は皆旅立ってしまった。
昨晩、ちあきなおみ55周年という番組をやっていた。今じゃ若い子達は誰も名前すら聞いたことがないだろうと思うような歌手を取り上げた番組を果たして見る人が居るのだろうか。老人はつい懐かしくて見てしまった。そして、CDを3枚も注文してしまった。こういう買物をする時には、ついつい余分な物まで一気買いをしてしまう。余分とは言っても最近は物欲があるわけでもないから、必要な物をマトメ買いをしているだけである。こうやって年金生活者は年金なんか越えて生活費が増えて行く。
友人のお見舞いに行ってきた。遠い。16号線をひたすらたどるのだが、全線渋滞である。約束の時間ギリギリに何とか到着。建物の外のインターフォンを鳴らすように言われたり、入口でスリッパになったり、ウガイを要請されて、結局玄関のすぐ横のテーブルに案内された。そこへ車椅子に乗って運ばれて来る。横にはタイマーを置かれて、15分に設定されている。医者からは、普通は生きていないと言われるほどの交通事故だったらしい。でも、下半身だけで上半身は残ったようだ。事故の影響か、長い入院生活のためか、相当に危ない妄想世界に入りこんでしまっている。同じ施設に知り合いが居るとか核戦争が始まるとか、少々危ない話をするので、詳細な容態を知りたかったのだが、15分という短い時間では、ロレツが変になった友人から聞き出すことは無理だった。復帰して欲しいが、果たして大丈夫かどうか分からない。
ちょっと手土産を買いに、ララポートまで行ってきた。予想した通り、駐車場から建物までは遠かった。遠いはずはないと知っているのだが、歩けなくなった身体ではヨタヨタ進むのが精一杯なのだ。さすがに自分が情けなくなってきた。そういえば、この道が大問題だったのかと発見した。この車に替えた時に、車幅感覚が元の車のままで、幅が広くなった分だけ間違えて、車体を思い切りコンクリートポールにぶつけて潰してしまったのだ。以来、近づかないようにしていたのは、この道だったのかと再発見した。
帰りにコンビニに寄ったら、オバチャンが「あれ?早いね」と言った。どうも私は午後5時の時計の役割を果たしていたようだ。「もうそんな時間かと思って時計を見てしまったよ」と言われてしまった。それに最近は、黒酢の飲み物を4個くらいずつ仕入れる。「これ?、はまった?」とオバチャンも言っている。そうなのだ。小さい箱より大きい箱のタイプの方が味が違って、ついはまってしまう。黒酢だから身体に悪いわけではないが、ついつい飲んでしまう。それにしても、ウチには飲み物だけは豊富に揃えてある。アルコールだけはないが、冷蔵庫を占有しているのは、ほとんどが飲み物である。だから水分だけは十分に摂取している。
友人に年に一度の誕生日メールを送っておいたら、返信で文化人類学の本を推薦していた。だから、すぐにポチッしておいたら、すぐに届いた。私は、教養から専門に移る時に、専攻を航空にしようか文化人類学にしようかと相当に迷っていた記憶がある。将来性を考えて航空を選んだのだが、何の役にも立たなかった。もっとも、航空の時に教科書で使った応用数学の本の知識だけで一生食べてこれたのだから、まあ良かったのかも知れない。だから文化人類学には今でも興味を惹かれる。
怖い。1日が消えた。朝起きてパソコンを立ち上げた。そして、なんとなく眠くなったので、ベッドに横になった。目が覚めて時計を見たら5時半だった。最初は信じられなくて、家にある時計を全部見て回った。どれも同じ時刻を指している。ぐっすりと夕方まで寝てしまったようだ。夢の中で、知らない国に居た。鉱山のある国のようで、私の横には妻が居て、子供が3人走り回っていた。峡谷の谷間にある町で、今日の食べ物が足りないと考えていた。しかし、何とか用意しながら我が家へ帰る。すると明るくて快適な我が家がある。途中の道は、水につかり始めている。水位があがって来ているようだ。我が家は、まだ高台にある。一体、あれはどこの国だったのだろうか。もう1つの人生を生きた気持ちで目が覚めた。おかげで、まる1日寝てしまったようだ。疲れているはずはないし、睡眠不足でもないはずだ。何か、1日がすっぽり消えたようで、ちょっと怖い。
上着をやめてチョッキに替えた。これで服装は春から初夏に変わった。いつも、いつ頃に衣替えするかを覚えていない。単にもう寒くならないだろうなという予感だけだ。もっとも、衣替えして出かけたのは、駅前のスーパーだけ。スーパーの支払いは機械相手であるが、最近ある発見をした。小銭を入れた財布は、何も考えずに小銭入れにぶちこむ。足りないと機械が足りないと言ってくるから、そしたらお札を入れる。運が良ければ、小銭が減るし、運が悪ければ小銭が増える。いずれにしても、もたもたと小銭入れの中身を調べたり、取り出したりしなくて済む。これは便利だ。誰でも知っている当たり前のことかも知れないが、何かすごく面倒がなくなった気がしている。時々、造幣局から新しいコインの発行通知が届く。登録しておくと送ってくれるのだ。新しい記念の千円コインが1万4千円以上という馬鹿げた値段ではあるが、お国が発行しているコインだから値下がりすることはないだろう。しかし、額面千円のコインに、発行元が1万円以上の値段をつけるというのも変じゃないか。
給湯器の10年点検。11時半に電話がかかってきて、12時頃に伺いますと言われたら、急いで飛び起きて服を着るしかない。軽のバンに乗って、2人の技術屋らしき人達がやってきた。家の裏にある給湯器を点検していた。普通の家の3分の1ほどしか使われていないので問題ありませんとの話しだった。そりゃそうだな。料理をしないからお湯を使うこともなければ、お風呂だって毎日入るのは面倒になってしまっている。しかし、10年で普通の家庭の3分の1とは、相当にいい成績ではないか。ところで、また10年後に点検に来てくれるのですかと聞いたら、なんと、これが最後だそうな。そこで、給湯器の寿命を聞いたら13年くらいだと言う。つまり、3年後くらいには新品に交換しないといけないわけか。そして、それは最初の手配から費用まですべて自分で用意しないといけないとなると面倒なことだ。車の納税通知が送られてきた。意外にも高い。日経平均は上がっているのに、私の持ち株はボロボロ。少々半端でない損害。
9時過ぎに何とか起きて、10時前に家を出て、柏の慈恵医大へ。受付に予約票を出したとたんに呼ばれたからラッキーだったのだが、支払いカウンターが30分以上の待ち列になっていて、ここで待たされた。薬の受け取りにも時間がかかったが、でもお昼には家に向って車を走らせることが出来た。
Hさんの消息がようやく分かった。昨日、特養にメールを書いて、私の電話番号を伝えておいたのだ。そしたら奥さんから電話をもらえた。何と昨年11月に自宅前で車にはねられたらしい。絶対に相手が悪いような細い道だ。そして救急車か救急ヘリかに運ばれた先が木更津だったそうだ。相当に遠い。柏の事故で木更津まで運ぶとは、酷い交通事故だったのではなかろうか。それから、北柏のリハビリ病院に転院して、そこで肺炎と肝臓からの出血が見られて、今日俺が行った慈恵医大に入院していたらしい。しかし、大病院では入院できる日数が限られる。歩行も出来ないし、1人で生活もっできない上に、多少頭にも障害が残っているということで、介護度4になり、特別養護に落ち着いたらしい。14日以降なら電話で予約してから面会に行けるらしい。ガラス越だそうだ。でも、本人は退屈しているだろう。今朝も、朝の6時に俺の携帯を鳴らしたほどだから。それにしても、朝の6時に電話で起こされた俺の身にもなってくれ。
朝10時、けたたましい電話。最初は何が鳴っているのか分からなかった。これは私にとっては真夜中の電話だ。何とか電話が鳴っていると理解して飛び起きた。家のまわりの足場を組む工事が6月7日から始まるという連絡。何とか予定欄に入力したが、電話を切った後で、本当に正しかったのか自信がなくなった。頭は完全に眠った状態なのだ。
本が20冊以上届いた。アマゾンで注文してしまったのだ。当面、読むものには困らないが、読み切れるかが問題だ。DuneのDVDも買ってしまった。本当は、映画館へ見に行きたかったのだが、出かけるのが面倒に思えて、DVDになってしまった。この前、映画館へ行ったのは、40年以上昔だろう。
冷たい雨が降っている。多少寒い。
ドコモの請求書をダウンロードしようとして、会社の人に教えを乞いながら操作しても四苦八苦。そもそもパソコンで操作しているのに、パスワードをスマホに送って来るのは止めて欲しい。2階から1階まで往復して飛び回るのは疲れるのだ。最近は、すべてをスマホで片付けようとするサイトが増えて最低である。
Windos10は来年でアップデイトが終了らしい。その後3年間は有料でセキュリティのみはアップデイトしてくれるそうだ。また、金のかかる話しが出てきた。OSは、変えたくない。動作しないプログラムが出てきたら、そのデータとまるごと失われるからだ。そもそもは、何事も紙による保管が一番良いのだが、だからと言って、写真や文章はそう大量に保管できるものでもない。しょせん個人の写真や文章は、その本人と共にゴミの山になるだけなのは分かっているのだが、せめて生きているうちは保管したいのだ。しかし、歴史的な遺産は、どうなっているのだろうか。デジタル保存していたら、そのうち消えてなくなるだけ。本来は紙が一番だとは思う。そんな事を考えながら、俺は何をしているのだろうか。
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