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11時半に本郷で同窓会があるので、8時半に起きた。普段、昼過ぎまで寝ている身には相当にキツイ。車で行ければ良いのだが、本郷の界隈は駐車場が少ないから電車で行くしかない。もっとも柏経由で上野まで出て、上野からはタクシー。しかし、乗り換えや上野駅ではだいぶ歩かされる。会場の外に喫煙場所があったので、定刻まで煙草休憩ができて助かった。一応、皆出てきていた。亡くなった人も居るが、まあまあ元気だろう。俺と同じように歩くのが大変な奴も居るが、電車を乗り継いで本郷三丁目から歩いて来るだけで俺よりは丈夫だ。弱ってきているように見える奴も居るが、山へ登っている奴とかグライダーに乗っている奴らは、やっぱり体力がある。カメラをホテルの女の子に渡して写真を撮ってもらったが、どれもシャッターが切れていなかった。スマホ世代は、シャッターは触るだけだと思っているようだ。もう若い子にはカメラは頼めないのかも知れない。1時半にお開きになり、同じ経路で帰って来たのだが、最後の駅から家までの680歩が実にきつかった。フラフラ。でも、同年配に会えたのは良かった。嫁さんを亡くした奴は、ちょっと可哀そうだった。孫の居る奴等は勝手にしてくれという気分だ。まあ、年に1度の会合も無事じ終った。
テレビにノイズが入って、時々見られなくなるので、ケーブルテレビに修理を依頼した。ケーブルテレビのチューナーが悪さをしていると思ったからだ。ノイズの写真を見せたとたんに、このノイズはテレビの方の問題だと言われた。ケーブルのチューナーだと、こういう横縞のノイズは現れないそうだ。なんとなく、そんな気もしていたのだ。理由は録画にはノイズが映っていなかったからだ。状況の写真を撮ってサインをしたら帰って行った。おかげで原因は分かったのだが、この先が問題だ。テレビはSONYの製品だが、すでに10年前の製品だから部品は残っていないだろうし、修理依頼するのは購入したことがない近くの電器屋へ行くしかない。面倒な作業が始まる。しかし、まだ完全に壊れているわけでなくて、しばらく時間が経てば元の画面に戻ってくれるのだから、我慢との取引になる。どうにもならなければ買い替えかも知れないが、そこそこ大画面の4Kテレビは気に入っている。悩ましいなあ。
床屋へ行った。何ヶ月ぶりか分からないが、さっぱりした。普段は自分の髪が伸びていることに気付かないが、先日娘に髪が伸びていると言われて、ようやく自覚した。一人暮らしの老人は自分の髪が伸びているかどうかなんか気にしていない。でも、多少は気にした方がいいかも知れない。5月から値上げしましたと張り紙があった。500円の値上げだ。もう10年以上同じ値段では、あまりにもひどいだろう。床屋は値上げしても、お客は変わらないと思う。床屋の近くが浅草寺だから、今日こそはお参りに行こうと思っていたが、駐車場から床屋まで歩くのすら、覚束ないヨタヨタの老人では、そこまで足を延ばす元気も意欲もなかった。
帰りにスーパーに寄って、食料や果物を買って、外へ出ようとしたら、初めてイチジクが目に入った。これだけは絶対に買わないといけない。俺の数少ない好物なのだ。1パックだけ買ってきたけど、もっと買えば良かったと後悔している。
やっぱり朝8時にピンポンで起こされた。一応、帰る前に、明日からはピンポンしないで欲しいと伝えておいた。帰りにもピンポンしないで、勝手に進めて欲しい。昼過ぎに外へ出てみたら、車が2台停まって3人以上が外壁塗装の作業をしていた。今日は暑いから大変だろうな。女性の作業者も居るが、こんな危なっかしい足場で屋根まで登るのは大変だろう。しかし、ちゃんとやっているかどうかなんて素人には全く分からない。要するに作業者が来て、何かやっていたかどうか以外には評価基準がないじゃないか。これって不公平だな。エアコンの室外機も移動してあったが大丈夫かしら。この調子だと、そんなに長く続かないのではなかろうか。
今日の心配は妹の検査結果。心臓に問題があるようで心配。とにかく私よりも1日でも長生きしてくれないと、俺の葬儀者が居なくなってしまう。まあ、別に構わないことなのだけどね。
工事は週末休みらしい。家の外には足場が組んであるが使われそうにない。さて、今日はどうするか。何か考えないと退屈に押し潰されそうになる。人生の目的をすっかり失った老人である。ふと思い立って、堀切菖蒲園とナビで検索して向かってみた。昔住んでいた町の近くである。到着したのはいいのだが、まわりは路地ばかりで、駐車場なんてどこにもない。曲がるのも困難な路地や、行き止まりの路地。さんざん車を移動させたが、停める場所は結局みつからなかった。電車でしかいけない場所だったのか。でも、駅からはだいぶ遠いのに、たくさんの人が歩いていた。今日は週末だったのか。外の柵の隙間から、わずかに菖蒲が見えた。帰り道は、ちょっと渋滞で大廻り。でも、まあ何もしない一日よりは良かった
朝8時20分にピンポンで起こされた。最悪の体調。結局、昨日起こさないで欲しいという伝言は伝わっていなかったわけだ。この時間に起こされると、体調が狂う。睡眠不足なんてものではない。身体全体が動かなくなる。昼過ぎまで寝ていたが、外でガタガタと音がしていた。昼過ぎに起きて外を見たら、家全体にフレームと網が掛けられていたが、作業員は誰一人残っていなかった。きっと、別の日にまた叩き起こされるのかも知れない。パイプを積んだトラックも消えていた。それにしても、もう10年も、この家に住んでいたのか。外壁塗装工事のための足場である。10年って、もっともっと長い時間だった。若い頃の10年は、色々なことが起こって、思い出すだけでも、すごく濃厚な時間だった。しかし、この家に引っ越してきて10年と言われても、何も起こっていない。一昨日も昨日も今日も何の変わりも無い退屈で孤独な日々が続いているだけである。
何の刺激もなければ、イベントもない。寂しい10年が過ぎて、家の補修の時期だけが巡って来た。この先を考えると、気が滅入りそうだ。
家に居ても滅入るばかりだ。外へ出たい。しかし、歩けなくなっている。そうか、私には車があったのだ。車なら、どこまでも行ける。さて、どこへ行くか。何も思い浮かばない。ふと57年前に初めて東京へ出て来た時に住んだ寮があった場所まで行ってみようと思い立った。家から48キロとナビは言っていた。そうは言っても、ウチから高速の入口までが12キロあるのだから、それほど遠いわけではない。懐かしい並木があった。そして細い道は、駅に向かっては車では入れない。でも、まあ初めて住んだ場所までは到達した。道の横に車を停めようとして、ガードレールに車を擦った。やってしまったなあと思って、後から確かめたら、まあそれなりの傷だが、もう気にしないでおこう。
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