« 2025年7月 | トップページ | 2025年9月 »
歯医者へ。今日も欠けた入歯を直してもらった。先生は、もう1組予備を作ろうとしている。またお金がかかるが仕方がなかろう。歯医者の予約は午後2時半。1時45分に家を出る。大体1時間半想定の距離だ。しかし、家を出てしばらくしたら、ナビの到着時刻が4時になっている。これは大渋滞の予兆だ。ルート選択をし直したら、川口経由で行けという指示。あいにく川口方面の道は分からない。それなら市川から錦糸町経由の高速なら知っている。ナビが何と反対しようが、そちらを回った。この道も渋滞している。こりゃ無理かも知れないと思い始めた頃に、ようやく渋滞が切れた。箱崎につっこんだ頃には到着時刻が2時半になっていた。なんとか間に合ったが、駐車場の空きがみつからない。ぐりぐり回って、狭い駐車場所をみつけた。ドアパッチンの危険があるとは思ったが、とにかく時間がないので駐車。やっぱりドアパッチンだが、沈黙。しかし、歯医者から出てきて清算したら3千円近くになっていた。高い。いつもの駐車場なら、そこまで上がらない。まあ仕方がないか。入歯は治ったが、今度は新しい物の調整に2週間後だ。くたびれるなあ。
相変わらずくそ暑い日が続いているが、銀杏の葉は、ちゃんと一部だけでも色づき始めている。自然の力ってすごいなあ。
昨晩のNHKで、戦後80年にして初めて前戦争のPTSDについて取り上げていた。しかし、この被害を一番受けているのは団塊の世代であり、既に少なくなり始めている。私にとって父親は鬼だった。小さい頃に、蹴とばされたり、ぶん殴られたり、母親に暴力をふるうのは日常的な出来事だった。酒を飲み、何か気に障ると蹴とばされたり殴られたりするのが怖くて怖くてたまらなかったのが幼児期の記憶である。小さい子供には何が原因か分からないから、とにかく家出したいと常に考え続けていた。今更、それがPTSDだと言われても、子供時代の自分は戻って来ない。でも、ようやくNHKで取り上げるようになったのかと感慨深い。既に戦後80年も経てば、暴力をふるった世代の大半は世を去っている。それで、ようやく放送が可能になったとするならば、少々手遅れではありませんかね。
朝、縄文遺跡のコインが届いた。玄関を開けて、ハンコを押すために家の中に入った所で、玄関の段差にぶつかって転んだ。痛いのだが、玄関は自動的に閉まっているから、外の郵便局員には見えない。しばらく、うーっとなっていたが、誰も助けてくれるわけはない。少したって玄関を開けたら、郵便局員は待っていてくれた。しばらく出て来ないなら、ドアを開けてくれたら、倒れているのを助けてもらえたのになあ。それにしても、何で玄関の段差でふらついたのだろうか。階段でなくて良かった。玄関の段差の先は平らな廊下だから何も問題はないが、階段だったら落下している。年寄りは色々と平衡感覚も危うくなってきているから気をつけなければなるまい。反省一つ。午後は、他に荷物1つ到着。
GTRが生産終了というニュース。時代が変わったんだな。
目が覚めたらベトナムの娘が来ていた。鍵を開けて入って来てくれるから助かる。彼女が来れば、頼みたかった事が一気に片付く。掛布団のシーツが昨晩洗濯してから、かけ直せずにいたのだが、一気に片付けてくれた。たまっていた段ボールや、ペットボトルや缶もすべてゴミ袋に入れて運んでくれる。足の指の爪も切ってもらえた。買物がしたいということなので、近くの店へ。その前に、くら寿司に入ったのだが、何もかもやってくれる。俺は、こういうデジタル化した店ではどうやって注文していいかすら分からない。現代子はすごいなあ。ジジイはどんどん時代から取り残されて行く。帰りに送って行こうとしたら、常磐道から首都高がすごい渋滞で、ナビが下道へ強制誘導した。しかし、下道も同じように渋滞だった。まあ時間の問題だが、俺は渋滞はあまり気にならない。待てばいつかは動くのだ。当初は子供を迎えに行こうとしていたようだが、早すぎるので、一旦家に帰ることになり運転して行ったのだが、道はすべてナビの案内通りで、どこを走ったのかは分からない。後でGPSを見て経路を確認した。そのために普段持ち歩いているGPSロガーは非常に役に立つ。帰り道もやっぱり渋滞していたが夕方5時には帰宅。ちょっとトイレに間に合わなかった。老齢になると、我慢も効かなくなる。でも、まあすべて良し。
今日も昼間寝てしまった。朝まで本を読んでいたから仕方がない。昨日届いた本が山積みされている。最近は読む速度が遅くなっている。目がしょぼしょぼしてくるから、どうしようもない。後は、NHKのBS4Kが意外に面白い番組をやっているから録画して夜中から見始めるとどうしようもない。大体がNHKしか見ていない。
夕方コンビニへ晩飯のザル蕎麦を買いに行く。いつも空を見上げると飛行機が成田に向かって飛んでいく。昔は飛行機を見ると乗りたくなったものだが、最近は歩くのがきついからそんな気も起きなくなってきた。切符の料金なんかたいしたことはないと思っても、空港の中を歩くのがきついのだ。友達も少なくなってしまった。あの町には誰か居ると思える数も少なくなってしまった。
お昼に歯医者さんに電話して入歯を修理して欲しいと頼んだ。そしたら、今日の5時に来てとの話し。当然、今週の何日か後になると思って電話したのが、今日中に治るというのだ。大喜び。まず車にガソリンを入れて、コンビニで買物を済ませ、夜中に出すゴミ袋を玄関に用意して、午後3時いそいそと出かけた。多少眠かったのだが、そんな事は言ってられない。とにかく歯が欠けて痛くてたまらないのが治してもらえるとなったら、それが最優先である。歩くのがきつくなっているが、今日は駐車場から歯医者まで一生懸命に歩いた。そして何と2個とも治してもらえた。これで片方が壊れても急場がしのげる。歯が壊れたのが10日だったから、お盆休み明けに治してもらえて幸運。もうそれだけで今日は満足。
Mさんから電話。Hさんが何故自宅に帰れなかったと言うが、身体がまったく動かなかったのだから、一人では生きて行けなかったのだ。交通事故で骨が折れて、歩くことも、トイレに行くことも出来なくて、すべてを他人の介護に頼らなければならないというのは悔しいことだと思う。頭がしっかりしているほどに情けなくなるはずだ。それに耐えたのだが、コロナにやられては、逃げようがない。Mさんも一人暮らしで何とかやっていると言うが、それは身体が最低限動かせるからだ。俺だって、車を運転して買物に行けるから生きていられる。足で歩けと言われたら、生きてゆけない。だんだん人間は限界に達する。自分の最期がどうなるか分からないが、少なくとも自分の面倒は自分で見ていたい。それだけが望みである。
助かった。まだ糖尿病にならずに済んでいる。今日はドキドキしながら病院へ行った。前回の成績が悪かったので、相当に心配だったのだ。午後1時過ぎに家を出て、診療が終る3時半までが不安の塊だった。しかし、まだ大丈夫と宣言を受けてから帰宅する5時までは、もう安心しきっていた。良かった。今頃糖尿病の可能性を指摘されても、料理の出来ない俺は、コンビニ弁当を食べ続けるしかないのだ。少なくとも3ヶ月は執行猶予期間が得られた。青い夏の空。出かける時は、何故か大粒の雨が降り、車から降りた時も傘が必要だったが、帰りにはすっかり晴れ渡っていた。入道雲の夏空だ。80年前もきっとこんな天気だったのだろう。私が生まれえたのは77年前。生まれてから、いつも遊んでもらった法界坊の鐘が移転するらしい。国道が出来て、ウチが引っ越したけど、今度はお寺も国道に削られるそうだ。どうなっているのかなあ。
マイナカードの更新に行って来た。面倒くさい。なんでこんな面倒な手続きにしたのだろう。既に申請も終わってカードも出来ているのに、延々と書類を書かされた。こんなに書類を書かせてデジタル化なんて、一体何のためにやっているのか。腹立たしいがお役所仕事には付き合うしかない。ああ面倒くさかった。これが5年おきなんて勘弁して欲しい。
午後激しい雷鳴。そして停電。停電はすぐに復旧したのだが、こちとらは大変なのだ。瞬間的でも停電が起きると、エアコンが止まる、換気扇が止まる、温水器が止まる、ルンバも止まる。家中の家電製品を再起動しないといけないのですよ。世の中は便利になっているとはいえ、電気を使った暮らしは気をつけていないと、あちこちが止まってしまうのです。このくそ暑い中でエアコンが止まると、そこそこ問題ですよ。ルンバ君は幸いにして、手が届く所で止まっていてくれたから良かったがベッドの下あたりにもぐりこんでいたら、お手あげだった。
最近のコメント